つれづれなるままに~嵐の大野智君~

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あとはこちら側の問題です☆大野君は何も気に病まないでね

この一週間、主にTwitterを中心に、色々な方の思いを覗かせて頂いた。
とは言え、私のTLというものに流れてくるのは、大野君の決断を応援したい!これからも大野君を応援します!というものばかり。

でも、ふとしたことから先程、ブログ主をはじめ、コメント欄などにも 大野君への恨みつらみが綴られたブログを目にした。
しかも大野担(だった)を名乗る方々の…

同じファンでも、こんなに受け止め方が色々なんだなぁ〜と、現実を知ることとなったわけだが、まぁ驚くこともなく、そして正直 嫌な気分にもならない自分がいて、むしろそんな自分にちょっとビックリ!(◎_◎;)  だった。

そして思った……

結局のところ、この件は もう受け取る側の問題なのだと。

大野君は、20年間という長きにわたり、アイドルという仕事で、ファンの欲望を十分に満たしてくれた。

※2015年『婦人画報』9月号の山口晃さんと大野君の対談で、山口さんが“大野君の本業は人の欲望に向き合うこと”と言ったのを今でも鮮明に覚えている


そして彼の“アイドル”としてのスタンスは、意識してか無意識かは知らないが、虚像と実像の境目をなるべく私たちファンに見せないものだったように思われ、私なんかは、そこに凄く大野君の魅力を感じていた気がする。

親近感があるというか、人間臭さがあるというか。

でも一度 舞台に立てば、歌も踊りもピカイチ✨で…
演技をやっても、憑依型と言われて、そこにはもう“大野智”は存在しない。

そのギャップがたまらない💙
考えるだけで鳥肌もの (//∀︎//)

つくづく 大野君には楽しませてもらい、夢をもらい、たくさんのことを教えてもらい、幸せにしてもらった💙

が、こうして大野君を応援することは、誰に強制されたわけでもなく、ましてや 大野君に頼まれてやっていたわけでもない。

私が勝手にやってきたこと。

大野君は、自分の仕事をただひたすら、やっていただけ。
そして今、それに区切りをつけようと決断したまで。

それも忽然と私たちファンの前から姿を消したわけでもなく、キチンと理由まで話してくれて……

大野君の役目は、十分すぎるくらいに果たしている。

その後のことは、こちら側の問題。

そんな大野君に“ありがとう”と思えるか、裏切られたとか、無駄なお金を使わされたなどと思うかは。

だから大野君は、もう何も気に病む必要はない。
アナタが選んだ道を、ただただ歩めばいい。
誰に気兼ねすることなく。

少し違うかもしれないが、これを書いていて 辻仁成さんの小説『サヨナライツカ』の一文が浮かんできた。

「人間は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと愛したことを思い出すヒトにわかれる。私はきっと愛したことを思い出す。」

私も後者。
大野君が大好きで、夢中に応援した事(これからも応援し続けるけど)を思い出し、大切にしたい。
だから裏切られたなんてことは微塵も感じないし、思わない。

大野君、本当に ありがとう💙

ただただ、それのみ。
アナタに出会えて、あなたを応援できたことが嬉しいし、幸せだったと ४*ପ꒰⑅︎•ᴗ•。꒱໊੭♡︎♩︎

これかも応援し続けるけど(大事なので、何度でも言います   笑)


# by 3104-nao | 2019-02-05 14:07 | ブログ | Trackback | Comments(4)

これだけは譲れない!ヒロミさんに物申す

立春にふさわしく、全国的に暖かな一日となりそうですね。
春遠からじ🌸…でしょうか。
季節、時間は確実に進んでいるんですね。

でも心の中は、まだまだスッキリ!とはいきません。
でも少しずつ、落ち着きは取り戻しつつあるような…
だけど、他メンが個人の冠番組などで、これからもこれは続けます!なんて言ってるのを見ると、やっぱり凹む ⤵︎

だって大野君は、あと2年したら目の前から居なくなってしまうんだものね ( ´△︎`)アァ-

そんな大野君の決断を応援しよう!とは思ってるけど、寂しい😔
その気持ちだけは、どうにもならない。

だけど大野君の今回の決断は、立派だし 十分に理解はできる。
そして“何にも縛られず自由な生活がしたい”ということも、スっごく分かる。

しかし会見以降、この“自由な生活”という言葉ばかりが、目立って取り上げられているような!?
そして実際 色々な人がTVやネットなどで、それについてコメントしているのを目にする機会が多い。

そんな中、ヒロミさんがある番組で、“大野君は自由に遊んだらいい。でも遊ぶのも楽じゃない”みたいなことを言っているのをネットで拝見。

それには
「はぁ????」となった😡

それだけは違う!と声を大にして言いたい。

会見でも大野君は、例えとして休みの日に釣りをしてても、次の日の仕事が気になったり…などと話していたけれど、それは 仕事を気にせず遊びたいということではない。

いつ何時も、何をしてても“嵐の大野智”であり続けている自分がいるという意味だったのでは。
いや!ハッキリそこは、そういう意味だったのです!!

だって、一昨日の『嵐にしやがれ!』で、彼はハッキリ言ってたじゃないの。
大野智と嵐の大野智の切り替わりはないと。
常に嵐の大野智だと。
つまり、一人の人間としの“大野智”には、なれないということを。

それを言うにことかいて、遊んだらいい。でも遊ぶのも楽じゃないって!
ホント ご自分と一緒にしないで欲しい。

仕事を忘れて趣味を楽しみたいから、自由になりたいと言ったのではない。

大野君が求めてる“何にも縛られない自由”とは、そんな幼稚な薄っぺらなものじゃないんだから!

これだけは、スルーできない。

常に、嵐の大野智としとして生き続ける。
生き続けなければならない。
その苦悩は、あそこまで上りつめた者にしか分からない感覚でしょう。
私たちのような者には、想像もできないモノなのだろう。

それをそんな軽々しく、もっともらしい顔で話題にして欲しくない。

どうしてもこれだけは言わずにいられなかった💢


# by 3104-nao | 2019-02-04 09:01 | ブログ | Trackback | Comments(4)

グレイテスト・ショーマンに思うこと☆大野君!自分を責めないでね

あの発表の日から、早くも1週間が経とうとしている。
まだまだ、私の頭の中はグチャグチャ。

そしてあの会見の日より、『VS嵐』の冒頭での挨拶や、昨日の『Mステ』での大野君の様子に、泣けて泣けて……

会見でも痩せちゃったなぁと思ったけど、昨日などは表情もさらにどんよりとしていて、笑顔が痛々しい😢
でもTVのこちら側からじゃぁ、どうしてあげることもできない。
ただただ見守るのみ。

どんなに辛い時でもファンの前に立ち、己の姿を晒さなければいけないお仕事。
改めてその苛酷さを感じるとともに、そんな大野君には、本当に感謝の言葉しかない。

ありがとう💙大野君!

さて、先日ここで、大野君がグレイテスト・ショーマンを5〜6回観た理由に納得がいったなどと書き、Twitterでも呟いたら、何人かの方が見て下さったようで、その中のお一人から、智くんはどの辺りに惹かれて何度も繰り返し見たと思いますか。というリプを頂いた。
なので少しだけ、その事を書こうと思う。

実は、そうは書いたものの、初めは 正直、ココが!というわけではなく、何となく感覚的に、これはミュージカル映画とは言え、大野君はその歌や踊りにだけ感動したのではないんだろうなぁと漠然と感じただけだった。

でも そんな質問を頂き、改めて気になっていた箇所を観直してみると、“なるほど〜”と思える所がいくつかあった。

ただ、これはあくまで私が感じたこと。
大野君がどう思って観ていたかなんて、誰にも分からないわけで、私の勝手な解釈ということでお読み頂けたらと思う。

大まかに言うと、あの映画の後半部分。
主人公バーナムが、成功をおさめた後、結局 全ての財産を失ってしまうあたり(大雑把でごめんなさい)の、バーナムに雇われた人たちの心情とかバーナム自身の決心とか……

具体的に上げてみると

バーナムに雇われた人たちが歌うthis is meの   歌詞で、“自分で叩くドラムが伴奏”

※大野君自身に対する応援歌かな?Bad boyの解釈とも被る気もする

また、全てを失ったバーナムが歌う

いつも 全力で走り続けた。だが立ち止まり思い出した。すべては誰のためだったかを。
それは他人の夢

これからは、これからは、これからは(←この言葉が何度も繰り返し出てくる)、明日まで迷わない、さあ みんなで家に帰ろう

すべてを失って得たもの
それが僕を連れ戻す 君たちへと

※このあたりには、これまで大野君が歩んできたアイドルとしての人生を感じると共に、“さあ みんなで家に帰ろう”では、「嵐をたたみそれぞれの道を歩んでも」と言った、大野君のメンバーへの想いも感じる。
また、この“家”というのは、居場所かな?解放かな?自由かな??
それぞれの心の中にあるものなのかも?

そしてバーナムのパートナーであったフィリップの台詞

あなたのせいで全てを失ったよ
残ったのは、友情と愛と誇りの持てる仕事だけ
人生の喜びを教わった

※ここは、もう何とも……
大野君のアイドルとしての人生の全てが詰まっているような。他メンの気持ちも含め。

とにかく、私の勝手な解釈ですが、大野君は発表を前に、何度も何度もどんな気持ちでこの映画を観てたのかな?と、思うと胸が締め付けられる。

そして大野君の決断は、一つ前の記事にも書いたけど、彼のわがままとか、自分自身だけの為のものではなく、たまたま大野君が口火を切る形になったのだと私は感じる。

だから大野君、自分をあまり責めないで欲しい。
アナタの決断を責める資格は、誰にもないから























# by 3104-nao | 2019-02-02 09:42 | ブログ | Trackback | Comments(4)

大野君の決断☆私の心の中を一つずつ整理してみました

今日の東京は、多くの嵐ファン、大野君ファンの気持ちを代弁するかの様な、どんよりとした灰色の空が広がっている。

こんな寒空の下、大野君は、今 どうしてるかなぁ?

胸が痛む

…………


27日(日)の夕方、突然飛び込んできた“重大発表”←これまで幾度となくこの言葉に無駄にドキドキさせられましたよね(笑)

だけど私的には、正直内容としては驚くというより、ついに来たか!!という感じ。
でも、まさかこのタイミングで発表!?というところで、動揺した。
(私の中では、勝手に2020年を区切りにと思っていたから)

そして大野君が提案者だったという点は、まぁ想定内。
けど、それ故 今後 彼が責められることになるのでは?という心配が真っ先に頭に浮かんで、これまた動揺。←大野担なんで(三津谷D風 笑)
しかし、FC公式サイトでのメッセージを聞いて、その動揺は少し静まった。

「2020年をもって、自分の嵐としての活動を終えたい。嵐・20周年、そして2020年という区切りで一度 嵐をたたみ、5人それぞれの道を歩んでもいいのではないか」

「また勝手ではありますが、一度 何事にも縛られず、自由な生活をしたい」

という思いを、大野君はメンバーに伝えたと。

全てが私の中で、いつかあるであろうと、心の片隅にずっとあった言葉だった。

そして、その夜有り難いことに、Mr.サンデーで彼らの緊急会見の様子をたっぷりと見ることができ、大野君以外のメンバーが、大野君がマスコミのターゲットにならないよう、見事な役割分担で躱してくれたことに安堵。

また、次の日のWSなどのコメンテーターの方々の意見も、大野君の決断を当然のことと受け止めているものであったことに、これまたホッとさせられた。

が、だからと言って、この出来事全てを綺麗サッパリ受け入れられるほど、私の心は単純ではなく、あの日以来 とにかく色々な思いが駆け巡り、何をどう自分の中で 整理し、解決すれば良いのか、未だに混乱している。
なのでブログもなかなか書けないでいた。

でも、自分の気持ちを整理する為にも、ここで私の思い、考えを書いてみようと思い、のこのこと出てきてみた。

なので、文章的にはいつもに増して支離滅裂かも……
そして、これから書くことは、これまでの、そして今の私が、個人的に思っていることであるということを、踏まえてお付き合い頂けたらと思う。

まずなぜ、この出来事が私の中で想定内だったのかということ。

彼らの15周年を過ぎたあたりから、だんだんとマスコミの彼らの扱いが小さくなってきたなぁと感じ始め(それはニノ担のお友達とも話したりしていた)、“なるほど〜こうして人気というものも、マスコミによって、ある程度操作されていくものなのね”なんて、思っていた。

なので、彼らもいずれは、引き際を考える時が来るのだろうなぁと、徐々に思うようになっていっていた。

そして、2020年というオリンピックというビッグイベントがその節目になるのでは?ということが、 嵐ファンの中でも何処からともなく聞こえ始め、私的にもそこまではないのかなぁと勝手に思っていたので、27日の発表にはちと驚かされた。

でも、ここ2年の間の大野君の様子は、ずっと気にはなっており、2017年の後半から冠番組を観ても何だか冴えない顔をしていて、心ここに在らずな感じで、元気がないなぁと思っていた。
そのことが以下のブログに記されている。

で、このブログによると、そんな元気のなかった大野君が2018年1月末のしやがれ!では少し変わっていたとあり、今となっては“なるほど”である。
だって会見によると、ちょうど彼ら五人の中で話し合いがついた頃と一致するんだもの。
(ファンにとっては寂しい結果となったけど)
我ながら、その観察眼に驚く(笑)

でもきっと私たげじゃなく、多くの大野担がそんな大野君の様子には、黙っていても気づいて心配していたと思う。

こんな風に、TVを通して、私のようないちファンにでさえ、手に取るように伝わる大野君の苦悩。
どれほど、彼が悩み苦しんでいたか……
それを思うと胸が苦しくなる。

なので、これ程の大野君の決断を、彼の“わがまま”が聞き入れられたという方向にだけはなって欲しくない。
その気持ちだけは、私の中でキッパリ!!としている。

だって、メンバー5人が全ての時間とエネルギーとを注いできた“嵐”を、自分の「嵐を終えたい」という一言で、壊すことになるわけで。

それをするに当たって、どれだけ怖かった。
どんだけもがき苦しんだことか。
何度立ち止まったことか。

それを考えれば、自ずと大野君の言う「何事にも縛られず自由な生活がしたい」という、その“自由”についても、ただ絵が描きたい、釣りがしたいなどという単純なことではないことも分かるだろう。

もっともっと重いもの。

多分 こういう大野君の決断を聞き、初めは驚いたメンバーもいたかもしれないが、きっと時期(個々のタイミング)の問題であって、その内容については、誰の心の中にも持ち合わせていることだったのでは?

だから、2020年までの2年間とその後の嵐としての“活動休止”期間というのは、ファンやビジネス的な諸々も含め、メンバーにとっても必要なものなのかな?と思ったりもする。

櫻井君は復活はある!とZEROで断言していたが、確かに今の段階ではもしかしたら、その休止期間というのが、彼らと事務所の間ではある程度決められているのかもしれない。

でも、実際“休止”してみてどうなるか?
今の段階で、それに明確な回答を持っているメンバーはいない気もする。

つまり、言い出しっぺは大野君だが、これは誰が言い出してもおかしくない(言い出す可能性があった)ことだったと私は思っている。

ただ、大野君が3年くらい前から、徐々にこの件を考え始め、その思いがどんどん強くなってきたと話しくれたことに、私はチクリと刺さる部分がある。

それは2015年のあのこと。
あの時、彼の作品やグッズにまで賛否が巻き起こった騒動。
それが全く関係してないとは、私は思えず ファンとしてはなんとも心苦しく、本当に悔しくて悔して……

これだけはファンとして、今更ながら本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになっている。

あとは何が彼の気持ちを、今回の決断に駆り立てたのかは、私的には想像すらできないし、考える必要もないと思ったりもする。

ただ、大野君が5回も6回もグレイテスト・ショーマンを観たと、京セラで話してくれたことに、一つの答えがあるように感じ、私なりに納得している。
また、大野君が休止後どうするのか?
そこが私自身も一番気になるところだし、大野担は皆さん同じだと思う。

このまま居なくなってしまうのか、どうなのか?
とにかく不安、心配、寂しい、悲しい……

でもそんな中、『Bad boy』の世界観について熱く語ってくれたさとラジでの話を思い出した。

『Bad boy』
「もうダメな男でいいんですよ!」っていう意味。
でもねぇ、よくわからなくていいんだよ。その歌詞も別にそんなに…

でも イメージは、俺は“できる男”だと…うん。
ただやってないだけの話だと。
まだ表に出してないだけの話だと。
俺は何でもできるんだと。
で、周りからは“勇気がないんじゃないですか?”とか、“でも何も結果残してないんじゃないですか?”っていう言葉が聞こえてるんだ

いやいやいや、待て!と。
結果はこれから出すと。
結果はこれから出すもんなんだと。
だから今に見てろと。
だから黙って見といて下さいよ!と。

って言って、なかなか前に出れない男の話。
が、この『Bad boy』です。


これは、2016年10月27日のさとラジ。
多分 もうこの頃には、大野君の中で色々な思いがあった頃。
この8カ月後にメンバーに気持ちを打ち明けるわけだから。

きっと大野君の中には『Bad boy』が居ての決断だったのでは!?

私はそう思うし、思いたい💙

大野君が幸せであることが一番なのは重々承知。
そして私もそれを一番望んでる。

けどね〜〜〜
ファンとしては、そこが苦しいところなの。

物凄く長いものになってしまったけど、私の正直な気持ちを書いてみた。
少し心も整理できたかな?

でも、大野君の姿が観られなくなることは、本当に、ほんとうに寂しくて辛い

。゚(゚´ω`゚)゚。

Y(>_<、)Y ヒェェ!

辛すぎる。

嵐の活動休止より、今はそこ!

大野担なんで!



# by 3104-nao | 2019-01-31 13:37 | | Trackback | Comments(4)

「嵐にしやがれ!」大野智の作ってみよう☆“段ボールは語る”と市原悦子さんの言葉

昨日の「嵐にしやがれ!」では、2年ぶりに“大野智の作ってみよう!”のコーナーがあり、段ボールを使ったお財布作り✂️に挑戦した大野君。
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段ボール探しから、「段ボール📦、面白いなぁ!」って、興味津々👀
段ボール作家の島津さんとも息がピッタリ!

大野君が「(段ボールだから)盗まれなくてもいいかも」と言えば、「盗まれにくいけど捨てられやすい」と島津さん (≧︎∇︎≦︎)ъ ナイス!

なんて、ユーモラスな会話なの✨

そして使用する段ボールは、新品じゃない方がいいという島津さん。
なぜなら、段ボールは運ばれてくるものだから、サインが書いてあったり、凹みがある方が色んな物語を感じられるからと。
それを受けて「味があった方が物語があるし……」と、大野君。
すると先生も又、「そうそう!妄想が膨らみます」って…… 

 (〃^∇^)o彡☆あははははっ
ホント、どこを切り取っても、二人の会話は聞いていて、心地いい〜 ४*ପ꒰⑅︎•ᴗ•。꒱໊੭♡︎♩︎

で、この二人のやりとりからふと思い出したのが、先日亡くなられた市原悦子さんの言葉。

市原悦子さんは、お芝居をする時など、「モノに心寄せることが一番大切」だと仰る。

そうすることで、そのモノのことが理解でき(心の声が聞こえてくる)、作ろうとしなくても、自然にその役になっていけると。

“段ボールの物語が見える”という、島津さんと大野君の会話が、正にこれですよね。

役者さんも作家さんも、“表現者”

以前 さとラジでも、大野君はおさかな🐟が釣られた時の気持ちとかを、話したりしてましたよね(笑)

人でも生き物でも、植物でも静物でも…

“モノに心寄せる”ことの大切さ…

大野君もやっぱり、真の“表現者”なのだと再確認。

だから大野君が作り出すモノには、歌でも踊りでも、演技でも、人を惹きつける力があるんですね。

もっともっとそんな大野君の世界を観てみたいなぁ💕
魅せて欲しいよ〜


# by 3104-nao | 2019-01-27 15:45 | 嵐にしやがれ! | Trackback | Comments(4)